アンモの映画日和

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映画《わたしを離さないで》ネタバレ感想:衝撃的かつ異常な世界観

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幼い頃から寄宿学校で学び生活してきた子供たち
しかし彼らは外の世界を知らない
将来、人の役に立つためにと教育されてきた子供たち
しかし同じ寄宿学校で育った3人の間にひずみが生まれる

辛く悲しい衝撃的な真実と異常な世界観

 

作品情報

 原題:Never Let Me Go

公開年:2010年

製作国:イギリス

上映時間:105分

監督:マーク・ロマネク

出演:キャリー・マリガン(キャシー)

   アンドリュー・ガーフィールド(トミー)

   キーラ・ナイトレイ(ルース)

評価:75

あらすじ

 イギリスの田園地帯にひっそりとたたずむ寄宿学校「ヘールシャム」。ここで幼い頃から共に学び遊び成長してきた子供たちには帰るべき家がなかった。
 保護官と呼ばれる先生のもと、厳しい規則の元育ってきた純粋培養のような子供たち。外界とは完全に遮断された世界だった。

 キャシー、ルース、トミーの3人は18歳になると「ヘールシャム」を出てコテージという新たな場所で共同生活を始める。初めての社会生活。ルースとトミーが恋仲になるなかキャシーだけが孤立していく。そして彼らがこの世に生まれてきた本当の理由が明らかになる。

ネタバレ感想

衝撃的な国家プロジェクト

あまりにも衝撃的で悲しみ溢れる作品。

こんなことがあるはずもなくあってもならない事。

しかし臓器売買という犯罪は現実に起きている。

しかもこの作品世界では国の管理のもとで臓器提供がなされている。

 全寮制の寄宿舎で、規則正し生活を強いられているようだ。心も体も健全に育つように厳しい管理のもとで、子供たちを幼い頃から洗脳している。

子供たちは抵抗するという意思や拒絶するということすら思いつかないようだ。

人として生きるということの意味がこの子たち心に育まれなかったのだろう。

「どこから見ても他の人と変わらない人間である自分たちが、どうして他の人の犠牲にならなければならないのか」という疑問は芽生えなかったのだろうか。

施設の教育プログラムは完璧だったようだ。

ヘールシャム

 全寮制の寄宿学校。しかしなんかおかしい。子供たちが待ちに待っていたプレゼントを持ってきた配達員は不愛想。しかも肝心のプレゼントは手の無くなった人形や、遊びつくされたおもちゃの数々。どう見てもいらなくなったおもちゃや、飽きたおもちゃの数々。それらを待ちに待っていた施設の子供たち。
 しかし、キャシーだけは違っていた。観察力のあるキャシーはいつも冷静で思慮深くそして思いやりがある。

そして、先生の衝撃的過ぎる告白。

 「あななたちは将来誰かの為に臓器を提供することになる」と。

 将来なりたかった夢や希望を無残にも打ち砕く告白。大人だったら当然怒りをぶちまけるのだろうが、子供たちの様子は悲しみと閉ざされた未来にただ絶句するだけで、怒り出す子も泣き叫ぶ子もいない。これが長年の洗脳の成果なのか。あまりにも可哀想すぎる未来が決まってしまっている子供たち。

  衝撃の事実は知らされても子供たちは今までと変わらな生活を続けている。抵抗するとか抜け出すということは絶対にあってはならないと幼い頃から脅されてきた成果だ。

悲しい三角関係

 絶望しかない閉ざされた未来の子供たちの物語は、キャシー、トミー、ルースの3人の三角関係で進んでいく。

 キャシーはトミーのことを一途に想い続ける。トミーも自分のことを気にかけてくれるキャシーを好きになっていくのだが、その二人の間に割って入ったのがルース。

 仲のよさそうな二人を見てキャシーからトミーを奪ってしまう。

「トミーよもっとしっかりしろよ。男だろ。」

「本当に自分のことを思っている人をちゃんと見極めろよ。」

「キャシーのような子はなかなかいないぞ。」

しっかり者のキャッシーは仲間外れになっているトミーのような放っ子をとけない性分のようだ。

 ルースは人の持ってるモノがうらやましくて横取りするタイプだ。はじめはトミーのことなど気にもかけていなかったに、それよりも馬鹿にしていたはずなのに、キャッシーがトミーに気があることに気付いて横取りしたくなったのだ。

 問題はトミー。もっとしっかり自分の意思をもってくれ。周りに流されず、しっかりとした信念を持ってくれと言いたいが、こんな特殊な環境で育ったのだから酷というものだろうか。

 18歳を過ぎると、農場にあるコテージで共同生活を送りただ提供を待つだけの特殊なというか異常な毎日を過ごす。

 やはりというか、キャシーだけはただ待つだけではなく、保護司という仕事というか提供者の心のケアのような仕事をする。しかし、この仕事をしているからと言って提供しなくていいというわけではない。それでも提供を一番最後に遅らせるということはありそうだ。

 キャシー、トミー、ルースたちは自分の境遇を受け入れていて、逃げ出そうともしない。提供は自分の運命というか使命と考えているようだ。自分の体が誰かの役に立てばいいと考えているようだ。

人とは幼い頃より刷り込まれた考えは消そうとしても消せるものではないのだろうか。

 

トミーの最後の叫びは自分の身に起きた理不尽な仕打ちに対するやり場のない怒りの現れだろう。最後に本当の魂からの叫びがほとばしり出た。

考察

キャシーたちは逃げ出すという考えは持たなかったのだろうか?

18歳を過ぎ、コテージで共同生活を始めると車の運転もでき外出も自由だ。様々な人とも出会っただろう。監視は帰宅後の手首のセンサーを出入り口の装置ににかざすだけのようだ。

逃げ出そうと思えばいつでも逃げられそうなものだが。

それとも体内にGPSが埋め込まれていてどこに逃げたとしても必ず追跡されるとか。

もしくは幼い頃からの洗脳教育が功を奏して逃げさそうという発想は全く生まれなかったか。

まとめ

ラストの、キャシーがベットに横たわったトミーの最後の姿を見つめるシーン。

ただただ切ない。ずっと思い続けてきたトミーの最後を見とるのは保護士として当然なのだろう。
そして幼なじみでもあり想い続けてきたひとの最後見届けるのは、トミーも最後はキャシーが側にいてほしいと望んでいると思うからだろう。

やがて自分の番が2ヵ月後に訪れる。

辛く悲しい幕切れだ。